Bustle Pannier Crinoline

バッスル・パニエ・クリノリン

「人間は浮くようにできているんだけどなぁ」と半笑いする大人

私は泳ぎが子供の頃から苦手だった。

 

今はどうか知らないが、私が子供の頃は泳げない人に対して「人間は浮くようにできているんだけどなぁ」と半笑いするだけで、浮くための指導もろくにできない体育教師や親などの大人がいた。

 

浮ける子はなぜ浮けて、浮けない子はなぜ浮けないのかを説明し、浮くためのコツを教えるべきなのに、浮けない子の方に生得的な問題があるかのような言い方をしているわけである。

 

子供だった私はそれに批判的態度をとるほどの頭もなく、「浮かない僕は何か欠陥があるんだ」「僕の側に落ち度があるんだ」と、彼らの提示する非合理で一方的な断罪を内在化するばかりであった。

 

それから30年ほどの月日が流れた。

 

大人になってふと気づいた。「そういえば結局、子供の頃に言われた『人間は誰でも浮くようにできている』という言説は本当なのだろうか?仮にそうだとしたら、どういった理由で浮けない人が出てくるのだろうか?調べてみよう」と思った。今ならインターネットがあるから、この手の話は求める知識に到達しやすい。

 

調べてわかったことは、基本的に人間の体は「水より少しだけ重い」ということである。なので、空気を肺にたっぷり入れたり手足をうまく動かすことで初めて人間は浮くのだそうだ。そういえば、溺れ死んだ人はいったん沈むが死後しばらくたって体内にガスが溜まると浮いてくるというおぞましい話をきいたことがあるなあと合点がいく。

 

つまり、「人間は誰でも浮くようにできている」というのは大嘘で、むしろ逆に近い。「人間は基本的に沈むようにできている」というのが正しいのだろう。

 

(誰でもとあえて言わなかったのは、体脂肪率が極端に多い場合は筋肉質な人に比べて単位体積あたりの重量がだいぶ小さくなり、浮きやすい可能性があるからだ。)

 

全く正しくないにもかかわらず「あれえ?おかしいなあ?人間は誰でも浮くようにできているんだけどお?」などという虚言を馬鹿面で弄していたあの大人たちは、子供たちに向き合う態度はどうあるべきかを全くわかっていないクソ人間だったのだ。許せん。溺れ殺して「あれえ?おかしいなあ?人間は誰でも浮くようにできているのだから溺れたって浮くはずだけどお?」と言ってやろうか。

 

子供が徒競走で一位がとれない、逆上がりができない、そういった場面に遭遇したときに、お前に欠陥があるんだ、とにかくもういっぺんやってみろ、気合と根性が足りん、という非科学的な態度ではなく、その運動のメカニズムなどを自分で調べて、どのような工夫が効果的かあくまでも科学的にアプローチして、一つ一つ個別のコツ単位で子供に教えて、うまくいったら一緒に喜ぶ、これが大人のあるべき姿ではないだろうか。

 

大人の助けを必要としている子供相手にドヤ顔で優越感に浸っておいて、その実なにもわかっていない馬鹿どもは、マジでガスでパンパンになって水面に浮かぶ哀れで醜いドザエモンにしてやろうか本当に(しつこい)(明らかに私怨)