僕はゴンゲの言わんとしていることに全くピンと来ていなかったため、ゆう子とジュネがゴンゲに同調する様子がないことに少し安心した。
「えー・・・性欲の色ですか・・・うーん・・・」
ジュネは、ゴンゲの言葉から染み出る意味合いと自身が受けた印象が交じり合う場所を必死に手探りで探し当てようとしているようだった。
「そうかもね、どうだろう、わかんない」
対照的に、ゆう子は、そのような努力を無駄と思ったか、あるいは単に面倒くさく感じたかのように、情感の欠如した言葉で返した。
僕は、2人から全く張り合いのない反応しか得られなかったことにゴンゲが落胆するのではと少し心配したが、当のゴンゲは最初から回答など聞く気がなかったかのようにゆっくりと席を立ってヘリの後部に移動した。そこには狭いながらギリギリ横になれる小型ベッドがあるようで、ゴンゲはそこに横になり毛布の中に潜り込みながら言った。
「あたいは寝るヨ。着くまで起こさないどくれ。」
その時、操縦席側から出し抜けに男が現れた。ぎょっとして気後れする僕に一瞥もくれずに男はゴンゲのもとへ足早に歩み寄り、ゴンゲの毛布を驚くほど丁寧に、そしてゆっくりと整えた。
「あの、あなたは・・・」
遠慮がちにたずねた僕に、全く感情を見せない声で男は言った。
「ゴンゲさんを心からお慕い申し上げる者です。」
想定していた種類の回答ではなかったが、この男がヘリの操縦者であることは容易に窺い知れたため、僕は目的地及び現地でヘリを駐機できそうな場所について相手の理解度を確認しながら説明し、自分たちの輸送をへりくだってお願いした。
男は、それが元から自分の仕事であるといったふうに、ごく自然に承諾し、淡々と操縦を開始した。
離陸してしばらくは、やや興奮気味に話していたジュネも、ふと話が途切れてしばらく沈黙が流れると、あっという間に寝息を立て始めた。
さっきまであんなにしゃべっていたのに、可笑しいですねと声をかけようかと、ゆう子の顔に視線を向けたところ、ジュネが話している間ほぼ一言も発さなかったわりに、驚くほどはっきりとした表情で、眠そうな気配など微塵も感じさせない様子であったことに面食らい、思わず僕は言うはずだった軽口をためらった。
ゆう子は、顔を窓の外に向け、じっと景色を見つめていた。それは、景色そのものを見ているようでもあり、あるいは深く思索に沈み過ぎてそう見えるだけのようにも思えた。ゆう子は僕に誘うようなそして誑かすような危険で甘い視線をいつもまとわりつかせてくるから用心ならないが、そのような艶めかしさを一切脱ぎ捨てたかのような表情をしていたからなのか、かえって僕はゆう子に対していつになく積極的になってしまっていた。
「ゆう子さん」
ジュネやゴンゲを起こさないよう、それでいてヘリの中でも聞こえるよう、必要最低限の声の大きさで話しかけた僕に、ゆう子は顔をすっとこちらに向け、お決まりの気だるさは感じさせない優しくもはっきりとした口調で返してくれた。
「なあに」
「こんなことに巻き込んですみません」
言った後で、何を今さら、と若干の恥ずかしさを覚えた。しかし、ゆう子は、それを消散させるような優しい口調で間髪を入れずに答えた。
「いいの。勝手についてきたんだから」
僕の反応を待つことなく、ゆう子はヘリの外に再び目をやった。その仕草が、ただ考え事の結果として視線が窓に向いていたのではなく、何かを見ようとして外に視線を向けていたのだと感じさせた。僕もゆう子が見つめる先を見つめてみた。星がよく見えたが、不思議と綺麗だとは感じなかった。
「どうして来てくれたんですか」
先ほど、どの口が言うのかというようないたたまれなさをゆう子がかき消してくれたことで、さらに甘えが出たようだ。ゆう子は数秒黙ったあと、軽く息を鼻から吸い込んだ。
「ゴンゲに恩返ししたくて」
意外な答えだったことで、いっそう好奇心が搔き立てられた。
「ゴンゲさんとはどれくらい一緒なんですか」
「私が子供の時からだよ」
ゆう子が僕の方に顔を向けた。その話し方と表情は、親戚のお姉さんのようでいて、少女のようでもあった。
「幼稚園のときね、机の角にあそこを擦り付けるのがやめられなくて、幼稚園じゅうの机の角が摩耗しちゃってね」
くすくす笑いの成分を声に含ませながら、懐かしそうに話すゆう子に、僕は先ほどの村での性的誘惑とは全く異なる意味で心を動かされていた。
「当然、親にも私が普通じゃないってバレちゃって、家にいづらくなったんだ・・・」
「そうだったんですか・・・」
「最初は何とか暮らしてたけど、いろいろ世間体としてありえないようなこともあったし、家を出て・・・男の家を転々としてたの」
僕は絶句してしまった。いったい何歳くらいの頃の話なのだろうか。
「なんかもうめちゃくちゃな生き方してたんだけど、初めて真剣に叱ってくれたのがゴンゲでさ」
「叱る・・・?ゴンゲさんが・・・?」
僕は思わず、親身になってゆう子の相談に乗り、本気でゆう子の人生に向き合って声を荒げる熱血教師のようなゴンゲを想像してみたが、酒焼けした声でやさぐれるゴンゲしか頭に描けなかった。
「それで、ゴンゲさんを深く信頼しているんですね」
ゆう子は答えなかった。僕も、それ以上どんな言葉をかければいいかわからず、そのまま時が経った。どれほど経ったかはわからないが、ふと窓の外に目をやった時、東の空が少し明るくなっているのが見えた。
「ゴンゲさん、ヘリまで出して、どうしてここまでしてくれるんだろう・・・」
ぼんやりと思いついたことがただ口から漏れたように、僕は言葉を発していた。ゆう子に話しかけたとも、独り言とも取れるような、曖昧な音量と口調だった。しかし、ゆう子は意外なほどはっきりと僕の言葉をキャッチし、打ち返してきた。
「宏樹君の気を引くためじゃない?」
まさか。
(続く)