Bustle Pannier Crinoline

バッスル・パニエ・クリノリン

ゴンゲ #10

(ゴンゲ #9)

 

僕は素早く衣服を整え、次にジュネに服を着せようとしたが、ジュネの上半身が整う前に、鍵のかかっていない扉は開かれてしまった。僕はジュネの寝床だった布をとりあえずジュネに被せながら、男の懐中電灯から発せられる眩しい光に目を慣らそうとした。

 

馬の体当たりと鳴き声はまだ続いており、男はその様子にぎょっとしている様子であった。本来であれば僕とジュネの存在の方にぎょっとする場面であるところ、注意を分散させることができたのは結果的に好都合だった。まずは自分たちが怪しい者ではないと伝え、小屋に侵入したのはやむにやまれぬ人道的な理由だったと納得してもらわねばならない。

 

「すみません・・・旅の者ですが、泊まるところがどうしても見つからず、勝手に使わせてもらっていました・・・」できるだけ申し訳なさそうに声を絞り出すように言ってみた。

「あぁ、そう・・・」男が小屋に数歩入ってくると、後ろに男が何人か続いているのがわかった。鳥のバサバサっという羽ばたきと小さな悲鳴が小屋の外で聞こえた。

「そこにいるのは・・・」先頭の男が、布の下でもぞもぞと着替えるジュネに気を取られている。それに呼応するように、布を自ら剥いだジュネは上品な微笑みを男たちに投げかけた。

「こんなとこじゃ寝らんないっしょ・・・」「ね。」二番目に小屋に入ってきた男が一番目の男と頷き合う。「うちに来たら?」ジュネは差し出された男の手を支えにして立ち上がった。

 

男達とともに二人で小屋の外に出て驚いた。小屋の周りにはネズミやリスのような小動物がちょこまかと動き回っており、空はたくさんの鳥が旋回したり屋根に舞い降りたりしていた。ジュネが落ち着きを取り戻したせいか、先ほどの馬のように小屋にぶつかってくるような動物はおらず、その多くがすでに小屋を遠巻きにし始めていた。

 

先ほどはよくわからなかったが、男たちは全部で5人いた。最初に僕たちと会話した先頭の二人はジュネを挟んで、しきりにジュネに話しかけており、僕はその後ろについて歩く。ほかの三人は僕に話しかけるでもなく最後尾で雑談しながら歩いている。

 

男達が案内してくれた家は、この集落でも比較的大きな建物だった。家族のぬくもりや生活感が感じられないが、それでいて人が住む以外に使われようがなさそうな、不思議な雰囲気をまとった家だった。

 

男達はジュネにここで朝まで休めばよいと提案するものの、一向にジュネを寝させる気配がない。「そっか~!じゃああんまりこうやって大勢で泊まり込みででかけたりとかはなかった感じね~?」「えぇ・・・友達がまともにできたことがなくて」「マジで?そんなに可愛いのに!」絶え間なくジュネに話しかけるその口調は軽妙で明るく、それが僕の不快感を加速的に増幅させていた。“早く寝させてほしい”と直言しようかとも思ったが、勝手に小屋に寝ていた見知らぬ不審者を親切心で家に泊めてくれている人達を邪魔者扱いするわけにもいかず、ひたすらに苛立ちを募らせるしかなかった。

 

ふいに、部屋の扉が開いた。「来たよー!」三人の若い女が入ってきた。手にはお酒やソフトドリンクのボトルを持っている。「あー来た来た!おつかれ!座って座って!」男達が女を招き入れる。僕はしばらく待っていたが、男達は僕ら二人をその女達に紹介するそぶりを全く見せない。そもそも男達すら僕に全く話しかけてこない上、そいつらが後から来た女たちと親しげに会話を弾ませるものだから、僕は極めて強い居心地の悪さを感じて、ムズムズとイライラを高まらせていた。

 

だが、ふと急に冷静になった。こいつらは変だ。

 

普通、得体の知れない侵入者をこんなに簡単に家に上げたりするだろうか。不審に思うなら、信頼できる奴かどうか確かめるべくジュネだけでなく僕の素性をいろいろきいてくるはずだ。逆にもし信頼しているなら、もう少し僕に温かく接するのではないか。改めて部屋全体を眺めてみる。小屋に最初に入ってきた男2人は、日焼けしたがっしりタイプと、眼鏡をかけた細身の清潔感があるタイプで、この2人がテンポよいキャッチボールでジュネとの話に花を咲かせている。残りの3人は、無精髭の男・顔色の悪い傷んだ茶髪の男・目がクリクリの童顔の男で、それぞれ小太りの女・ソフトボール部員のようなショートヘアの女・目が離れている爬虫類顔の女と酒を飲み交わしながらおしゃべりで盛り上がっている。不自然だ。会話の内容からしても、この男達と女達がこの集落で長いこと友人関係にあったという感じではなく、むしろさっきナンパしてきたかのような印象さえ受ける。実は僕らは相当面倒なことに巻き込まれたのかもしれない。

 

全ての話の輪から締め出されている状態から、僕は意を決して声を発した。「あのーすみません!ジュネも長旅で疲れてますので、そろそろ休ませてもらおうかと思いますが・・・」僕の声に、部屋にいる全員がおしゃべりをぴしゃりとやめ、一斉に僕に視線を突き刺してきた。僕は気後れした。

 

だが、その沈黙は一瞬だけだった。「あ、上の4号室が空いてっから、寝てていいよ。」眼鏡の男が早口で返答するやいなや、他の男女はおしゃべりに戻っていったのである。

 

冗談じゃない。こんなところにジュネを置いて一人で床に着けるわけがない。ジュネを助けなければ。

 

そう思った瞬間ジュネが「なんか気持ち悪い・・・」と低い声を漏らした。僕が心配して声をかけるより早く日焼け男と眼鏡男が大げさなほど心配するリアクションを発し、背中をさすったりおでこに手を当てるなどここぞとばかりにボディタッチをしている。僕は「ジュネさん、こっちへ」とジュネを促したが、彼女は辛そうな表情でこちらを一瞥しただけで、その場にうずくまってしまった。ジュネの足にぶつかって倒れた空の紙コップを眼鏡男が戻しながら「休んだほうがいいね・・・」と言った。日焼け男は頷くと、自然な動きでジュネをお姫様抱っこし、部屋を出て行った。慌てて追いかけようと立ち上がり、すぐ後ろをついていくと眼鏡男がまたもやる気のないトーンで「大丈夫、俺らで介抱するんで。上で休んでて。」やはりこいつらはおかしい。ジュネとセットで迷い込んできた僕にそのような事を言うということは、明らかにこいつらはジュネをターゲットにしている。

 

こいつらは、奴の一味ではないか。親切なふりをしてまだ幼いジュネをたぶらかし、性欲の糧にしようだなんて、絶対に許せない。

 

僕は正義感とも怒りともつかぬ感情に身を焦がされて、ジュネを軽々と運ぶ日焼け男の肩に手をかけた。だが、僕の手はなぜか眼鏡男が振り上げた下腕にぶつかって止められた。一瞬頭にクエスチョンマークが浮かんだが、疑問を解消したい好奇心など吹っ飛ぶほど、僕の血は煮えたぎっていた。眼鏡男を払いのけて、日焼け男の肩に手をかけて振り向かせ、ジュネを取り返す。そのように動いたつもりだった。しかし、僕の手は眼鏡男に引っ張られ、僕は気が付いたら天井を見ながら腰と腹の鈍痛に耐えていた。日焼け男が不自然な角度で視界を横切った。おそらく僕は日焼け男の蹴りを食らったらしい。しかし、倒れこんだにしては安定感がない。「ん?!」僕は天地の感覚を激しくかき乱されて、最後に猛烈な痛みが背中を襲った。視界が暗くなった。気を失ったわけでも視力を失ったわけでもない。僕はいつの間にか屋外に倒れていたのだ。先ほどの天地グルグルは、男達に担ぎ出されて、最後に放り投げられたのだろう。持ち上げたのは眼鏡男か、あるいは他の3人の誰かかもしれない。なんとか起き上がり、周りを見回してジュネを探した。僕は自分が玄関の扉のすぐ外にいることを理解した。そして、ジュネを抱えた日焼け男と眼鏡男が、同じ敷地内にある別棟に入っていったのを見た。先ほどまで心配そうな表情をしていたのに今や楽し気に談笑している表情が見えた。しかし二人の話し声も、二人が別棟の扉を開け閉めする音も全く聞こえない。どこからか聞こえてくる不思議な低音でかきけされているからだ。今まで聞いたことのない音だ。

 

音は次第に大きくなっていく。そして僕は気づいた。僕が聞いている音は、機械的で規則的な低音と、生き物が鳴らす不規則な物音が混ざっている。

 

機械音の方は、聞いたことがある音・・・ヘリコプターの音だ。暗くてわからないが次第に自分の周囲も空気が巻き上げられているのが分かった。上空にいるらしい。しかし、空気の流れはそれだけではない。動物が蠢いている気配がする。ジュネが性的な場面に遭遇しているに違いない。僕は別棟に向かって走り出そうとしたが、突如上空から眩しい光が地面に突き刺さるように照らしてきて、僕は目が眩んで一瞬足を止めてしまった。別棟に群がっていくイノシシやキツネたちの姿を光があらわにした。

 

ヘリは敷地の隣にある空き地に着陸しようとしているようだ。奴の一味だろうか。先ほどの二人の男とはまともに取っ組み合いの喧嘩すらできずに終わってしまった。ここでさらに加勢されては、ジュネは勿論僕自身も危ないかもしれない。僕は改めて別棟に向かおうとしたが、今度は後ろから全く予想していなかった言葉が聞えてきた。

 

「たすけて・・・」

 

振り向くと、さっき部屋にいた爬虫類顔の女が下着姿で泣きそうな顔で震えている。僕は驚きのあまり目を見開きながら「え、なに?!」とやや場違いな言葉を発してしまった。

 

爬虫類顔の女は喉を震わせながら細切れに途切れる息にこの言葉を乗せた。

「うごけない・・・」

よく見ると女は片脚を浮かせており、本来であれば後ろに倒れてしまうはずの体重の寄せ方だが、宙づり人形のようにそのまま震えている。

一体どうなっているんだ。

先ほどまでいたはずの本棟を玄関から覗き込むと、かすかに人が歩いたような物音がした。

ジュネも気になるが、別棟に動物が群がっていることから、おそらくジュネが受け身ではなく主体的に性欲を発揮していることが推測される。一方、本棟で起きているこの異様かつ不可解な状況を捨て置けない気がする。僕はいったん本棟の中を確認することにした。

 

玄関を入って少し入ったところに人が二人倒れている。一人は先ほど僕と同じ部屋にいた男の一人、童顔男だった。全裸で気絶したように転がっている。もう一人は下着姿の女で、汗で乱れが髪が張り付いていて顔がよく見えないが、先ほど部屋にいた女のいずれでもないように見える。恐る恐る近づいてみると、男の体は少し赤みを帯びており、陰茎は勃起した状態だった。そこまで確認した瞬間、倒れていた見知らぬ女の体が突然ゴロゴロと奥に向かって転がっていき、僕はひぇっという小さな悲鳴を上げた。女の体はぐにゃぐにゃと揺れ始め、肌の色や質感が古い映像のように粗く乱れていった。その異様な光景に気を取られていると、バタンと人が倒れる音と女性の短い悲鳴が玄関の外から聞こえた。振り向くと、今度は爬虫類顔の女が倒れていた。

 

僕は爬虫類顔の女に駆け寄り、様子を確認した。息が上がっており、少し震えているが、先ほどのような筋肉の緊張はなく、むしろ全身が弛緩している。「大丈夫ですか?」声をかけると、爬虫類顔の女は弱弱しく頷いた。僕は彼女の上体を起こして壁に寄りかからせ安定させると、先ほどゴロゴロと転がった女の様子を見に建物の中に戻った。

 

僕は目を疑った。

そこには、さっきまで倒れていた童顔男はいなかった。部屋の隅に転がっていった下着姿の女もおらず、代わりに淡いグレーのインナーをまとった女性が立っていた。

「ゴンゲさん・・・?!」

呆気に取られている僕に面倒臭そうな視線を投げかけながら、彼女はこう言った。

「悪いけど、はずしとくれよ・・・」

そして力なさげに視線を奥の部屋に投げかけて、言った。

「あと二人いるんだろ・・・?」

      

 (続く)