Bustle Pannier Crinoline

バッスル・パニエ・クリノリン

ゴンゲ #9

(ゴンゲ #8)

ジュネのあられもない姿を目の当たりにした僕が瞬間的に心に抱いた想いは「この展開を想定できなかったとは不覚」だった。これまでの経緯とジュネの人物像を踏まえれば、こうなることは数パーセント程度の確率だったとしても頭の片隅に浮かんで然るべきだった。僕ならそれができたはずだ。僕は馬鹿だな。

 

電灯の点いていない小屋の暗さの中、視覚情報は、ジュネの肌と黒髪のコントラスト、そして肌とボトムスの布地のコントラストを辛うじて教えてくれるだけだった。むしろ彼女の興奮した息遣いの音や、僕に吹きかけられる吐息の温かさと湿ったような匂いの方が、ジュネの心持ちを推し量る材料としてはまだマシに思われた。それでも、僕の想像力がジュネの表情を描き出そうとしても、うっとりとした目つきをしているのか、獲物を狩るような目つきをしているのかも決まらないまま曖昧な描画に終始した。

 

僕はジュネの髪の毛先が自分の腕に触れるくすぐったさを鬱陶しく思いながら、ジュネが何か言葉を発するのを待った。この娘はわりと言葉で説明したい性格で、この状況下では必ず何か言うタイプだと思っていた。しかし、ジュネは黙って唇を僕の口に押し付けてきた。これを無理やり押し除けるような事をして今後の関係が壊れても困る。かといって、これを受け入れたと解釈されるような形になるのも悪い意味で後々効いてきそうではある。迷っている時間はない。

 

僕は、上体をしっかり起こし、両手を優しくジュネの両頬に添えて、拒むためではなくいったんキスを中断するためであるかのようなニュアンスをこめながらジュネの顔を引き剥がした。

 

「明日に備えて、寝ましょう。」

 

僕の言葉はそこまで熟慮されたものでは勿論なかった。それでも、ジュネに対する評価や好意とは無関係の合理的な理由でこの行為をやめることを提案する言い方であり、咄嗟に出た言葉としてはまずまずだろう。

 

それを聞いてもジュネの表情はあまり変わらなかったように見えた。僕がノリノリで性行為に応じてくると思っていたはずもないだろうから当然かもしれない。僕はジュネが脱ぎ捨てたであろう服を探すため、視線を目の前のジュネから少し遠くに移した。

 

その瞬間、僕は耳の穴に水が入った時のようなボボッという鈍い音を聞いた。ただそれは、耳の中でくぐもるように聞こえたのではなく、部屋の奥の方から急激に何かが近づいてきたような距離感だった。その“何か”はその後しばらく音を立てなかったが、それ以降小屋の中の空気の流れが変わったような気がしてならない。ジュネが僕のベルトに手をかけた。ボボッという音がまた聞こえた。順番は逆だったかもしれない。

 

何かが小屋の中にいる。風が顔にかかり、何か小さな物陰が素早く僕の前を通過した。鳥か?ジュネはいつの間にか僕のズボンの前を開けているが、地べたに座ったままの僕からそれを脱がすことには苦戦しているようだ。僕はジュネをいったん放置し、小屋の中を飛び回る黒い物体を目で追った。光の少ない場所で何にもぶつからずに飛行できる生き物といえば・・・

 

ジュネが僕のズボンを無理やり引っ張ったことで、僕の上半身は勢いよく後ろに倒れた。その急な動きに対応しきれなかった蝙蝠が、僕の頭にギリギリのところでぶつかり、怪物のような声を上げた。僕はしたたかに地面に打った頭を撫でながら、ジュネを止めないと事態がエスカレートしてしまうと悟った。そして、動物に気を取られるのではなくジュネ対応に専念すべきであるという優先順位を遅まきながら理解した。

 

しかし、僕は起き上がることができなかった。ジュネが僕の上に馬乗りになり、右手で僕の陰茎をしごきながら、左手で僕の右乳首をいじっていた。そして、顔を下ろして再びキスをしてきた。毛先がくすぐったい。ふと、馬のいななきが聞こえた。外で暴れているようだ。そのような中で、なぜかジュネの唾液が少し甘いような気がするという奇妙なことを考えていた。

 

馬はついに小屋に体当たりを始めた。小屋の造りの頼りなさを到着時に見ていた僕は、恐怖を感じずにはいられなかった。ジュネを連れてきたのは正解だったのだろうか。ジュネはなかなかの重さで、跳ね除けることができない。それでも、両手を使ってなんとかジュネの裸体を引き剥がす。馬の低い唸り声と高い鳴き声が重なった。二頭いるのか。いや、二頭以上かもしれない。ズシン、ズシンと小屋が揺れる。ジュネは制御を失ったようにぽかんと口を開けて、熱い息を吐きながら無造作によだれを垂らしている。

 

「誰かいるのかー?」

唐突に男性の声がした。扉の隙間から明かりが漏れ入ってきた。

(続く)