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Bustle Pannier Crinoline

バッスル・パニエ・クリノリン

マジックミラー号についての考察(その2)

前回の記事では、AVのマジックミラー号作品では、マジックミラーの特性を生かした疑似野外セックス性はむしろ本シリーズのキモではなく、むしろマジックミラーで外から見られているかのような異常な状況でのセックスが、本来セックスする相手ではない人とセックスするという状況を相対的に霞ませるという点を指摘しました。

 

今回は、マジックミラー号シリーズの作品に見られる、マジックミラー(号)以外の特色をいくつか取り上げ、本シリーズの魅力を分析していきたいと思います。

 

まず、前回の記事でも触れましたが、この作品群では、マジックミラー号の中でセックスするという構造は共通ながら、“素人”の男女の友人同士のセックス、彼氏を外に待たせてAV男優と“素人”の女性がセックス、“素人”女性の友人同士のレズセックス、友達同士の2カップルのスワッピング、AV女優による“素人”童貞男性の筆おろし、等等、様々なシチュエーションが用意されます。そして、実はこの出演者間に設定されている「関係性」そのものがマジックミラー号の本質的魅力と言っても過言ではないのです。

 

マジックミラー号の中で、AV女優とAV男優が(少なくともAV女優とAV男優という関係性そのまま丸出しで)登場することはありません。なぜなら、そんなものは面白くないからです。そこには、上記に上げたような、本来ならセックスしない者同士という「関係性」が存在しないからです。我々はマジックミラー号作品を見るとき、出演者の肉体や痴態に興奮しているのではありません。出演者の「関係性」をオカズに抜いているのです。

 

ここで一つ、マジックミラー号でよく見かけるシーンを挙げましょう。それは出演者への出演料を渡すシーンです。これは素人にAV出演をお願いする系の疑似ドキュメンタリーAVではよくあるシーンであり、したがってソフトオンデマンド作品ではマジックミラー号に限らず比較的目にしやすいシーンかもしれません。しかし、AVの作り手によっては、金品の受け渡し自体は、一義的には女性をAV世界に引きずり込むためにやむをえず行うプロセスという意味でしかなく、必ずしもわざわざ強調して入れ込む必要のあるシーンではないと考えるでしょう。一方で、マジックミラー号ではかなり意識してこの札束シーンを入れています。これは勿論、本来であればカメラの前で恋人ではない相手とセックスするはずがない“素人”がそれをやるに至るだけの動機付けが十分にあるという点をアピールして、見ている人への説得力を生むために行われているものです。そういった意味で、このシーンの存在意義は、マジックミラー号の異常性がAV出演への抵抗感をなくすという構図を見る者に示すことと共通点があります。

 

もう一つ、象徴的なマジックミラー号あるあるを挙げると、恋人同士ではない男女の友達にお金を渡してセックスさせたり(男女の友情は成立するか?シリーズ)、友達カップル同士にやはりお金を渡してスワップさせるといった類いの作品において、事後にスタッフが「これから関係性は変わりますか?」という趣旨の質問をします。男女の友情は成立するか?シリーズで言えば「今まで友達同士でしたけど、今回のセックスをきっかけにお付き合いしますか?」という質問をするのです。これに対して出演者が「好きになっちゃいました」とか「実は前から気になってて…」とか「明日から恋人同士かも…」と答えたことは、私の知る限りただの一回もありません。なぜか。それは、これで恋人同士になってしまっては、結果としてはただの恋人同士のセックスを見せられただけじゃないか!ということになってしまって、興ざめだからです。マジックミラー号を好んで見ている人は、「関係性」をオカズにヌいていると先ほど書きました。それをわかっているマジックミラー号スタッフは、カラミが一通り終わったあとに、「ここまでエロいことをやっておいて恋人同士ではなく友達同士なんだ」という事実をわざわざダメ押しで強調するために、この質問のカットを入れているのです。スワップものでいえば、スワップしたけど今後カップルの関係が変質してしまうのではないかという質問をしても全然今までどおりだという趣旨の答えを言わせたり、あるいはそのやりとりがなくてもスワップ後の4人の男女の様子のカットを必ず入れて、なんらギクシャクしていない、「やっぱり本来セックスするべき相手じゃない関係でセックスしたんだ」という事実をダメ押しで強調する作りになっているのです。

 

いかがでしょうか。こうしてみると、マジックミラー号で最も重要な要素は「本来であればセックスしない相手とセックスする“素人”」という構造であり、この原則を踏み外すと途端に興奮できない、ヌケない作品となることがよくわかります。そして、マジックミラー号シリーズのスタッフは、この原則を踏み外すどころか、この原則を強化するためのあらゆる工夫を作品に詰め込んでいるということが改めて浮き彫りになります。そして、その工夫とは、一言で言えば「本来であればセックスしない相手とセックスする“素人”」にリアリティを持たせるということです。それは前回の記事で指摘した「抵抗感のすり替え」もそうですし、お金を渡すシーンにしてもそうです。たとえ他のAVでよく見る女優が“素人”女性のテイで登場しても、ソフトオンデマンド社の考え抜かれた匠の技巧により、我々はマジックミラー号作品が提供する“素人”設定に没入し興奮することができるのです。

 

ありがとう、SOD!おめでとう、SOD!