Bustle Pannier Crinoline

バッスル・パニエ・クリノリン

ムラムラdays③

久しぶりに漫画を描きました。

 Pixivにも保存しました。

ゴンゲ #6

(ゴンゲ #5)

先ほどの小動物はソファの裏側に隠れていると思われたが、怖くて見に行く気がおきない。

「なんですか今のは…」

「リスじゃない?」

ゆう子は眉間に皺を寄せたまま答えた。“じゃない?”と言う言い方は、ゆう子もあの動物自体を詳しく知っているわけではないことを示唆していた。

「さっきジュネとか言いましたね?そのリスの名前じゃないんですか?」

ゆう子の眉が八の字になった。

「違う違う!まだいるんだよ、あたしたちみたいなのが…」

あたしたちみたいなのが?“たち”という事は、ゴンゲがそこに含まれるという意味なのだろうか。

「ジュネという女性がいるということですか?」

「そう」

「ゆう子さんやゴンゲさんのように性欲が強い女性なんですか?」

「まぁゴンゲは別格だけどね」

ゆう子は目を細めた後、リスが後ろに隠れていると思われるソファに歩み寄り、どさっと腰をおろした。ゴンゲにゆう子にジュネ…このバーはつくづく普通のバーではない。噂には聞いていたが、本当にとんでもないところに足を踏み入れてしまったのだと、改めて痛感した。

「じゃあ、さっきのは、そのジュネさんが飼っているリスなんですか?」

「ううん、飼ってるわけじゃないよ。」

「じゃ、なんでリスを見てジュネって言ったんですか?」

「ジュネはこのバーの2階のどこかの部屋にいる。」

ゆう子は、しゃべりながら急に何かを探すかのように首をキョロキョロと動かした。

「あの子がムラムラするとさ…動物が騒ぐんだ…」

黙って聞いていれば、まるっきり滑稽なことを言い出すものだ。ゴンゲのイリュージョンじみた登場や、ゆう子の高速ズボン脱がしで、すでに十分すぎるほどサーカスを見てきた気分だったが、この場にいたっては動物を操る女まで登場し、よりダイレクトな意味でますますサーカスらしさを増してきている。しかし僕はがぜんジュネに興味がわいた。本棚の影に消えてしまった気まぐれなゴンゲを探す価値があるかどうか、僕は確信が持てない。一方、まだ情報が少なすぎて判断できないが、ジュネは相当の戦力になる可能性があるように感じた。ゆう子とジュネを連れて、早く村に戻ろう。

「僕をジュネさんに会わせてくれませんか?」

この言葉をきいたゆう子は、意外なことに、眉などを動かさず、無表情となった。魂が抜けたような表情を見て、僕はまたゴンゲがゆう子に何かしたのではと一瞬気がかりとなった。しかし、すぐにゆう子はしゃべりだした。

「やめといた方がいいんじゃない?」

僕は、考えた。今の雰囲気なら、ゆう子は僕に協力してくれる気がする。このままジュネは諦めてゆう子だけ連れて行くか。ジュネにこだわるあまり、ゆう子までいなくなってもらっては困る。しかし、ゆう子はジュネがこのバーの2階のどこかの部屋にいると言っていた。今すぐ全ての部屋をチェックすれば、ジュネが見つかるのではないか?自分でジュネを探してみよう。ジュネがどういう見た目なのかわからないし、名前からして日本語が通じるのかどうかさえわからないが、これ以上ゆう子からジュネの情報を収集するのもあまり良い手とは思えなかった。

 

僕はドアを開けて部屋の外へ出た。そこは確かに僕がさっきゆう子に手を引かれて上がってきた廊下であったが、先ほどよりも色がくっきりと見え、輪郭もはっきりしていた。

ゆう子がどんな顔をしていたかわからないが、特に後ろから声をかけてはこなかった。

ジュネに説明をして、協力を仰がなければいけない。簡単なことではないだろう。動物の話も、場合によっては僕にとって障害となるかもしれない。ともあれ、まずはジュネを見つけてから考えよう。

 

まずはすぐ隣の部屋のドアのノブに手をかけた。鍵がかかっている。2回ほどガチャガチャとひねったが、ドアは力づくでは突き破れそうもなかったので、いったん諦めて向かいの部屋にトライした。ドアノブに力を込めると、先ほどと異なるスムーズな感触があり、僕の脳は小躍りした。ドアが開いた。急激に猛烈な緊張感が押し寄せてきた。僕はゆっくりとドアを押していき、中の視界を広げていく。先ほどまでいた部屋とあまり変わらない雰囲気の部屋があった。しかし、ドアを完全に開けきる前に僕は異変に気付いた。部屋は確実に、無人ではない。何かがいる。しかし、それが何なのかわからない。誰の姿も見えないが、誰もいないとは断言できない何かがあった。僕は、恐る恐る部屋の中に入っていった。ソファの後ろや本棚の影にジュネが隠れているかもしれないと思いながら、僕はびっくり箱をびっくり箱とわかっていて開けようとしている人のように、ビクビクしながら部屋のいろいろな場所をチェックした。1分ほどかけて部屋を見たが、人はいなかった。動物も見つからなかった。時間を無駄にした。次の部屋に行こう。そう思って部屋の入口に戻った。

 

「何かお探しですか?」

「うわぁっ!!!」

 

いつの間にか入口に少女が立っていた。少し太った中学生か高校生くらいの女の子だった。やはりこのバーにいる女性は全員気配を殺すプロだ。しかし、この子がジュネなのか?動物が騒ぐくらい性欲が強いと言うにはあまりに若すぎる気がするが。ちなみに、完全な日本人顔だ。少し目が細く、眉毛はやや太かった。

「すみません!部屋に勝手に入ってしまって…」

「どなたですか?」

少女はあまり動じた様子はない。

「僕は、宏樹と言います。あの…ジュネさんという人を探しているんですが」

「わたしです。」

少女はまったく動じずに答えた。ジュネという名前、もし本名なら、いわゆるキラキラネームなのかもしれない。いや、むしろこの子の世代ならわりと普通の名前なのかも。

「ちょっと待ってよ」

この声は…ゆう子だ。すぐにゆう子が現れ、背の低いジュネの頭の向こうにゆう子の顔が見える格好となった。その顔は、目に見えて怒っていた。

「やめといた方がいいって言ったよね。」

まずい。ゆう子の機嫌が悪い。しかし、2人がセットで目の前にいるのはある意味好都合だ。僕はゆう子の感情の処理を考慮せずに、僕がこの店にきた理由を改めて詳しめに説明して2人同時に理解してもらおうと考えた。本当は先にジュネの性欲を品定めしたかったが、説明なしにそれをするのは難しいだろうと判断した。

「すみません、ゆう子さん。でも、僕は一人でも多く、力になってくれる人が欲しいんです。ジュネさん。初めて会ってこんなこと言うの大変失礼かもしれませんが、あなた性欲が強いそうですね?」

「せいよく?」ジュネは首をかしげた。

「エロいってこと」ゆう子がイラついた表情のまま口早に答えた。ジュネはなるほどという顔をして、かすかに嬉しそうな顔をしてこう答えた。

「そうですね…自分でもエロいほうだとは思います。」

 

(続く)

「どうせ体が目当て」という男性批判をする女性への批判

これは、女性が「私の体が目当てだったのね!」というような言い方で男性を責めることを批判する文章である。

 

1.まず、誰かを好きだという感情の根拠に「体目的」と「体ではないもの目的」の分類を用いることが妥当であるという前提のもとで、「体目的の『好き』が体ではないもの目的の『好き』より劣る」という一般的な通念に疑問を唱えたい。

 

「体ではないもの」とは何か。この文脈で使われる言葉は「性格」「中身」「人柄」等である。また、一般的に「体」の対義語として使われるのは「心」「精神」である。これは、いずれも曖昧なものだ。たとえば、私は自分をズボラな人間だと思っているが、周囲は私を真面目な性格だと思っている。私は自分がいつも面倒くさいことをサボろうとするタイプだと知っているし、それを物語るエピソードをいくつも持っているが、私を好きになってくれるような人にそれを曝け出すようなマネはもちろんしない。したがって、「あなたの性格、中身、人柄を好きになりました」と言ってくれる女性が現れたとしたら、その女性は私に対して勝手に抱いた幻想に基づいて好きになっていることになる。「いや、自分でも気付いていない性格を他者が見抜いて好きになることもあるだろう」との反論もありえるが、いずれにせよ相手の好きの根拠である人柄と、私が一人称視点で認識している自分の人柄は一致していないという、ズレたスタートであることには変わりない。

また、性格や心は単に抽象的なだけでなく、日々移ろい変わっていくものだ。特に、精神活動の在り方というのは変わるのが当然であろう。40歳の男性が10歳の時と同じ精神活動をしていたら相当おかしな人という評判が立つはずだ。とある女性が、ある時の私の心の持ちようをもとに私を好きになってくれたとしても、私が翌日以降も同じ心の持ちようであると誰が言えるだろうか。

これだけ抽象的かつ一貫性のないものを根拠にして抱いた「好き」という感情であれば、簡単に「好きじゃない」に転化しうることは火を見るよりも明らかである。

一方、肉体はどうだろう。私の周囲の人物が認識する私の肉体と、私自身が認識する自身の肉体の間のズレは、人柄や精神といったものにおけるそれと比べ、はるかに小さいことは言うまでもない。たとえば、私はガリガリな体格だが、私のことをマッチョマンだと思っている友人は一人もいない。

また、時を経て変わってしまうという点は、肉体の方にこそ当てはまるようにも思えるが、逆に言えば、肉体が変わっていく過程は自己も他者も視認できるし、どのような変化を遂げていくかの予測可能性も肉体の方がはるかに高い。たとえば、かつての私を知っている人が「あいつは頑固者だ」と思っていたとしても、もしかしたら今の私は驚くほど柔軟な人間になっているかもしれないし、そうなるきっかけや度合は無数のパターンがありえるので予想不可能である。一方、私の顔にどのタイミングでどれくらいシワができるものなのか、お腹周りにどれくらい肉がついていくのか、一般的知識を使えばだいたいの予想はできる。

つまり、「体目当てであなたに近づいた男」は「体を根拠にあなたを好きになった男」なので、「あなたの中身を根拠にあなたを好きになった男」と比べて、はるかに確実にあなたが自覚するあなたの本質を理解し寄り添う男なのである。それにも拘わらず、体目当ての好きという感情をあたかも下品でケダモノ的で侮蔑的なものだと評価するのはきわめておかしい認識と言わざるをえない。

 

2.次に、そもそも「体目的」と「体ではないもの目的」という分類自体が適切なのかという点、そして、全ての「好き」は相手を構成する特定の要素に着目した「好き」であることには変わりないという点を論じたい。

 

上記1.では、この二元論に基づいて、どちらがより本質的か、どちらが優れているか、というような視点で論じたが、そもそも誰かを好きになるということは、「その人を構成する要素のうちどの部分に着目するか」の違いによって本質的かどうか、あるいは優れているかの度合が変わるようなものと考えるべきなのだろうか。たとえば、ライオンが好きな少年AとBがいたとして、A少年は「ライオンのタテガミとキバが好き!」と言い、B少年は「集団で狩りをするところが好き!」と言ったとしよう。その時、B少年がA少年に対し「君は見た目だけで好きになっているから、君のライオンを好きだという気持ちは僕の気持ちに比べればレベルが低い。タテガミもキバもないライオンにはそっぽを向くんだろ。そんなの本当のライオン好きとは言えない。」と言って、A少年が「君こそ、集団で狩りをすると言ったが、それは主にメスだ。オスライオンの性質を無視している君こそ、本物のライオン好きを名乗る資格はない。」と言い返したとしたらどうだろう。まともな大人であれば「A君もB君も、どっちもライオンを好きだという気持ちは本物だと思うよ!」と両者をなだめるであろう。ところが、恋愛の話になると途端に「目に見えないものが目に見えるものより価値がある」という尺度がまかり通るのは不思議である。

もし二元論を用いるとしたら、「その人を総体として好き」か「その人の特定の部分に着目して好き」のどちらか、という方がまだしっくりくる。この場合、体が好きというのも中身が好きというのも、両方とも後者のカテゴリーに含まれてしまうことになる。この二元論をぱっと見たとき、前者の方がより本質的でより深い「好き」であるような印象を受ける。しかし、真の意味で「その人を総体として好き」と言うには、その人を構成する全ての要素を網羅した上で好きになることが必要である。これは神とか仏とかの領域であり、現実問題として人間にはそのようなことはできない。なので厳密には、「その人の特定の部分に着目して好き」という後者のカテゴリーしかこの現実世界には存在しえないことになる。この事実が示唆することは、「体目当てだろうが中身目当てだろうが、所詮その人を構成する無数の要素のうちのごく一部しか見てないことには変わらないんだから、くだらねぇ事でガタガタぬかすな!」という事であろう。

一方、「その人を総体的に好き」というカテゴリーをより慣用的に、現実社会に即した形で柔軟に解釈してみると、「僕は君のことを、おっぱいが大きいとか、優しく接してくれるとか、そういう(見えるもの見えないもの問わず)個々の部品で好きになったのではなく、そういうものもろもろひっくるめて、ただただ君が好きなんだ」というタイプの好きという感情を指していると言う見方が可能である。「ただただ君が好き」と言われた女性と「君の肉体が好き」と言われた女性、どちらの方が嬉しく、どちらの方がより真実の気持ちだと感じるだろうか。もちろん前者である。男でも同じだろう。だがよく考えて欲しい。前者は、個別の部品への言及を省略した結果として、その好きという感情があらゆる分野を網羅していて普遍的な価値を持っているかのような印象を与えているに過ぎないのである。これは、風邪をひいたとき、微妙にいろんな症状が出ていたら「総合感冒薬」と銘打たれた「風邪の諸症状に効く」薬を飲むが、総合感冒薬は決して、のどの痛み専門の薬、鼻水専門の薬、咳専門の薬、発熱専門の薬などのあらゆる薬の良いところを全て凝縮した風邪薬界の王様というわけではないということにも似ているかもしれない。総合感冒薬的な「好き」が単に複数の部品に着目した好きの積み重ねに過ぎないのであれば、むしろどの部分に着目して好きになってくれたのかがはっきりわかる方が信頼性が高いだろう(のどが痛いならのどの痛み専門の薬を選んだ方がよいように)。「ただただ君が好き」という言葉から「総合的だ!一番ランクが高いやつだ!」という印象を受ける人は要注意である。「ただただ君が好き」は、「君の〇〇と〇〇と〇〇と〇〇・・・が好き」を省略した形でしかない。極論すれば、「ただただ君が好き」と「君の体が好き」と「君の中身が好き」は、本質において全て同じである。

 

3.最後に、「女の子が体目当ての男を批判する理由はね、好きの根拠がどうとかじゃなくって、性欲を満たす手段として女の子のカラダを消費してる、性的に搾取しているからなんだょ、だってそんなの真実の愛じゃないじゃん。。。」という反論がありえると思うので、この点も簡単に論じておく。

 

相手への尊重があった上で性欲を満たそうとしているのであればそれは女性の消費でも女性からの搾取でもないという点を認識すべきである。相手への尊重があれば、性欲が根源にあったとしても、それは女性から見て真実の愛と呼ぶことになんの不都合もない。性欲がある愛は真実の愛ではないなどと言う人はまずいないと言っていいだろう。自分の欲望を満たすことしか頭になく相手への尊重がない男に対しては「相手への尊重がないから駄目」と批判すべきなのであって、肉体に着眼していること自体を批判するのはお門違いなのである。

 

4.以上のことから、「どうせあたしの体が目当てなんでしょ!」とか「信じてたのに・・・あたしの体が目当てだったなんて!ひどい!」とか言うのは実におかしいということが明らかとなった。あなたの体はあなたを構成する最も大きな要素のひとつであり、あなたの体を目当てとした「好き」は、あなたのいろいろな要素に着目するいろいろな「好き」たちの中で、もっとも信頼できる部類の「好き」なのである。

ゴンゲ #5

(ゴンゲ #4)

ゴンゲのズームインが止まり、彼女がそれ以上僕に近づく様子を見せなかったことで、僕は冷静さをほぼ完全に取り戻した。それに伴い、僕の脳は、まるで舞い上がった砂煙が落ち着いていったかのように、周囲の景色や自分と周辺との距離感などを徐々に捕捉し始めた。そうか、ここはこんな部屋だったのか。焦げ茶色の木造りの壁と家具に、ブランズウィック・グリーンの天井という落ち着いた色彩配置は、先ほどまでの肉欲に満ちた騒動とまるで似合わないと思われた。そんな部屋のど真ん中で、一階で会った時とはまるで違う集中力で僕をまっすぐに睨みつけるゴンゲに向かって、僕はズボンをずり上げながらこう言った。

「いくつか訊きたいことがあります。」

 

「言ってごらんよ。」

ゴンゲの、さっきまでのやる気のない姿はどこかへ消えてしまったようだ。彼女の受け答えは実にハキハキとしている。

 

「階下(した)で僕がゴンゲさんと話した後、僕のアソコはズボンのジッパーから飛び出していました。ゴンゲさんの仕業ですか?」

「だとしたら何だい?」

「さっきも、ショートボブの女にいつの間にかフェラをされていました。あの時ゴンゲさんの声がしましたが、あの女は何者ですか?」

「さあ、何者だろうね。」

ゴンゲはしゃべり方は明朗なのだが言っている内容に全く実質がない。

「ここまでやってもイカない男は珍しい、みたいなことを言っていましたよね?あの女に僕をフェラするように命令したのはゴンゲさんということですか?」

「いいや、違うよ。あたいは誰にも命令なんざしちゃいないサ…」

「誰なんですか、あの人は。」

「誰でもないよ。あれはあたいサ。」

「え?」

ここまで来て、じっとこちらを睨んでいたゴンゲの目が少しだけ細くなった。

「あたいの口をこれ以上おしゃべりに使うなんざまっぴらだね。坊や、達者で暮らしな。」

ゴンゲは唐突に踵を返すと、部屋の奥にある本棚の横へ移動して、一瞬こちらに視線をちらりと向けた後、消えた。少なくとも僕の目には、本棚と壁の間にするりと入って消えたように見えた。僕は本棚に駆け寄って、壁との隙間を確認したが、人が通れるような幅はなかった。

 

「なんか、しらけちゃった…」

ゆう子がすぐ後ろにいた。僕は驚きのあまり大声を出してしまった。このバーにいる女たちは気配を消して唐突に現れる特技の持ち主だらけなのだろうか。

「宏樹君のおちんちん、もっと舐めたかったけど、なんか雰囲気壊れちゃったね。」

ねっとりとした視線を僕にからませるように、ゆう子は僕に話しかけながら、僕の肋骨のあたりをそっと撫でた。

 

「あの…さっき、ゆう子さん、僕のアソコを口に入れた後、ドアの方に吹っ飛んでいったように見えたんですが、あれは何だったんでしょうか?」

ゆう子は肋骨からやや上の方に指先を移動させながら、なぜかハッと何かに気付いたように口を開けた。目はとろりとしたままだった。

「あれは、ゴンゲが戻ってきたからね…」

「……え?」

僕はゆう子が僕の身体から指を離そうとしない事も気にならないほど、ゆう子の発言に混乱していた。

 

「ゴンゲさんに突き飛ばされたりしたんでしょうか?」

僕のこのセリフを聞いたゆう子は、両方の眉毛を上げ、目を笑い目の寸前の形にして頬肉をやや持ち上げた。

「何言ってんの?1本のおちんちんは、一度に一人の女しかしゃぶれないでしょ?」

僕はゆう子を見つめた。1本のおちんちんは、一度に一人の女しかしゃぶれない。それは、まるでふざけているのかと思うほど当たり前の事のようにも思えたし、一方で、そんなはずはない、しゃぶろうと思えば不完全ながらも二人の女が同時にしゃぶれるはずだという子供じみた反論ができそうにも思えた。なぜこの奥が浅いような深いような真理が、僕の疑問に対する答えとして提示されたのだろう。

 

そこまで考えた時、僕の足元で奇妙な気配が横切った。何かいる。人間ではない。もっと小さい何かだ。虫よりは大きくて、速い。ネズミか、せいぜいイタチのような大きさだろう。ゆう子も僕と同じ気配を目で追っている。

「やだもう!」

ゆう子は目に見えて苛ついた。

「今度はジェナ?」

 

(続く)

ゴンゲ #4

(ゴンゲ #3)

ゴンゲはどこだ。意識がはっきりしていれば当然声の方向と距離から位置がわかるはずだが、ショートボブの女による口淫が脳にもたらす作用のせいか、まるでゴンゲの声は空耳のように抽象的に響いた。

 

ショートボブの女による口淫は、まるで舌や唇、内頬に軟口蓋などが同時に攻めてくるかのような信じがたい技術力だった。もうこのまま果ててしまってもいいのでは?そんな誘惑が僕のぼんやりとした意識の中に、まるでベッドルームのフットライトのように微かに滲んでいた。

 

一方で、僕は視界も定まらず聴覚情報も使えないので、ゴンゲのことはいったん放置し、少なくともちゃんと見えているショートボブの女に対処することにした。猛烈な肉体的快楽の中でも、どこかに必ず冷静な自分が残っているのは、まさに“あの人”のおかげだ。

 

僕は本能に抗い、無上の悦びをもたらしてくれていた揺れる頭部に再び両手をやり、僕自身から引きはがした。そして、下半分が唾液に濡れた女の顔をまじまじと見つめた。

「なかなかやるじゃないか。ここまでしてイカない男も珍しいモンだよ」

ゴンゲの声がする。ショートボブの女は全く表情を動かさない。何か変だ。ショートボブの女の、そこにいるようでいないような、気味の悪さを急激に感じ取った僕は、いつもは女に乱暴などしないのだが、つい突き飛ばすように僕から女を遠ざけてしまった。

 

その瞬間、ドアが開き、誰かが飛び込んできた。

「ッッはぁッ!!」

ゆう子だった。

「ど、どこ行ってたんですか!」

僕は陰茎をズボンにしまいながら、尋ねた。

「ハァ…ハァ…ゴンゲだよ…」

「え?」

「あーあ、またゴンゲに取られたよ…」

ゆう子はなぜか息を切らしながら落胆していた。そして、一瞬ぼんやりとした目をしたが、直後、僕のしまわれ途中の陰茎にかぶりつくように見入った。

「えっ、イカなかったの?!」

僕は、まだ大きさと硬さを完全には失っていない陰茎を手際よくしまうことができなかったため、ゆう子のセリフに思わず羞恥心を覚えてしまった。

「キミ、ゴンゲとエッチなことしてたんじゃないの?フェラ?」

「あぁ、いや…なんか、知らないうちに…でもゴンゲさんじゃない別の人に…」

「あー…いや、とにかく、イカなかったの?すごいじゃん!」

ここまで食いついてくるゆう子が、別の人にという点に特に関心を示さなかったことに、僕は若干の違和感を覚えた。

「キミ、相当強いんだね?っていうか遅漏?」

「いや、なんていうか」僕がどうでもいい単語を並べ始めたか始めないかくらいで、ゆう子は僕のベルトに手をかけた。僕の意識がその手に向きかかった瞬間、ベルトはまるで鞭のような音を立てて飛んで行った、そしてベルトが床に着地する前に僕のズボンは膝までずりおろされていた。速すぎてよくわからなかったが、これらの動作をゆう子は1秒ほどで、しかも片手で、親指と小指を目一杯拡げながら行った。

 

そして、ゆう子がしゃがんで、僕の陰茎を口に含んだ。僕の脳は、今から「やめてください」的なことを言って手か何かを使って抵抗をするという指令を、体に出そうとしていた。しかし、その信号が脊髄を渡っていく前に、ゆう子が僕の陰茎を口に入れた瞬間に表情を歪ませたという視覚情報が脳に伝わってきた。

「?」

そしてゆう子の歪んだ表情は残像のように僕の脳に焼付いたが、それが残像のようだという感覚が訪れる頃には、ゆう子はドアの方に向かって吹っ飛んでいた。

 

僕は、坂から転げ落ちるような感覚を覚えて、膝までズボンをずり下された無様な恰好のまま尻もちをついた。カメラをズームインした時のように、誰かが近づいてきた。ゴンゲだった。

 

「あんた…ナニモンだい…?」

ゴンゲの姿がはっきりと見えていた。

(続く)

リトグリのアイーシャだっきゅん☆

「アメリカでは今度の日曜から夏時間が始まる」と聞いて「まだこんなに寒いのに!?」って思ってるみなさーーん!おばんですー! 2月からリトグリことLittle Glee Monsterの7人目のメンバーになりましたアイーシャです!4649!

 

昨日はメンバーの数名とゴハン一緒に行った!卒業シーズンだねーって話になって、卒業するっていうと、大切なクラスメイトや後輩と毎日会えなくなる…とか、すっかり馴染んだ制服や校舎とさよならするのが何か寂しい…とか、そんな話ばっかりだけど、ちゃんと勉強をやってその成果を残すことができたから卒業なんだ、というポイントにはほとんど誰も触れないよねーって話になったよ!もちろんお勉強が学校の全てじゃないけどさ、卒業の「業」は学業のことだと思うし、実はめちゃくちゃ重要な側面じゃない??ま、私の成績で言うのもなんだけどさ… Σ( ̄ロ ̄lll) ぅ゛ッ

 

で、うちらはそういう流れでも結局最後は唄っちゃうんで、「青春フォトグラフ」を焼肉屋でハモって、周りから尊敬の眼差し、という名の白い眼で見られたわけなんだけど…(´∀`;)

 

「青春フォトグラフ」が発売されたときにはもちろんアイーシャはメンバーじゃなかったけどさ、いちガオラーとして「青春フォトグラフ」は聴きまくってるわけよ、モチロンネー。で、その頃と比べると、みんなの歌はかなり変わっていると思う!一言で言えば、より巧くなっている!

 

たとえばmanakaちゃんは、加入前からその太い声が圧倒的な存在感で、神童(プロディジー)扱いだったわけだけど、なんとその天性の歌声の上にあぐらをかいて慢心することなく精進するmanakaちゃん、もはやその声の太さそのものにはあまり頼らなくなっている気がするんだよねー。死ぬまであぐらかいてもいいレベルだと思うんだけど、「もの凄い原石だけどまだ磨ききっていない宝石」みたいな感じだったmanakaちゃん、歌のコントロールが抜群に良くなっていて、あたしゃもう「天才がそんなに努力したら、凡人のあたしゃどないしたええのんかぇ~」って泣いちゃう!一晩中泣いて泣いて泣いて自分は天才なんかじゃないという想いに気が付いちゃう!

ゥェ─。゚゚(ノ´Å`ヾ。)゚゚。─ン

 

manakaちゃんの、どこか荒削りな、未来の大いなる飛躍を感じさせる歌声が良かった!」って思っているタイプのファンにとっては、巧さを身に付けた今のmanakaちゃんの方向性には少し寂しさを感じているかもしれないね。無骨すぎたダシに改良を重ねてカドがとれたラーメンを食べて「あの荒々しさが良かったのに…」って思う初期のファンみたいな?

 

でも大丈夫!manakaちゃんのワイルドな個性は健在ですよ~。ライブに是非きてね!ミックスダウンでまろやかになる前の、削りたての鰹節のようなゴツゴツした風味を感じることができると思います! (`ω´)キリッ

 

でも、個人的には、manakaちゃんにはもっともっと技巧を身につけてもらって、技巧と声質の両方の世界でてっぺんを、いや、名前のとおり世界の「まんなか」を、ぜひ取ってもらいたいと思っています!!そう、まるで、お笑い芸人と俳優という二つの世界で実績を残したうえ、ボクサーや歌手としても活動し、今では画家としての地位を確立している恐るべき男、片岡鶴太郎のように!

 

はいはーい!前回のポストにみなしゃんコメントあンがとー☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

 

リリーララさん

ありがとうございます!全国ライブツアーは最高です!いつかはあなたの住む街へ行くかもしれません~♪ルルルンルンルンルルルンルンルンルルルンルンルンルンルン~ リスペクト堀江美都子サンですぅ

 

>かぷリこオんさん

えっ、そうなんですか?ロックマンXが波動拳を使えるようになるなんて知らなかったです!

 

>げっぷWildさん

なんでそんな事知ってるんですか…しょうがないですねーもう!

じゃあ、行きますよ!

「これは…ヒ・ゲ・な・の!!!!!!!!」怒怒怒怒怒怒

って、なんで「フルハウス」で「口に醤油が付いてる」って指摘されたダニーの真似なんかさせるんですかっ!もう!!!

 

>瑠璃香さん

ありがとうございます。私の声をそこまで聴き分けてくださるファンの方はそういないと思うので嬉しいです!でも、唐獅子模様はさすがにどうかと思いますが…

 

ほな、ばいならっきゅん☆

 

P.S. アイーシャの好きな「お菓子の包装の音」は、ブルボン「ホワイトロリータ」の包装を握ったときのクシャクシャっていう音だよ!

 

 

 

私がオナホを使わない理由

私はオナホを使ったことがない。今回は「なぜ私がオナホを使わないのか」という私の主義を語ることを通じて、「オナニーとは何か」という考察へとつなげていきたい。

 

私がオナホを使わない理由を一言で言うと、物理的刺激はオナニーの本質ではないというのが私の信念だからだ。

 

わくわく(興奮)と癒しを与えるものがファンタジーだとすれば、そのファンタジーのうち主に性的興奮を与えるものをオナペット(オカズ)と呼ぶことができると私は考えている。よく「○○ちゃんでシコった」という言い方をするが、これはあくまでも慣用句であり、陰茎をしごきましたという動作を報告しているわけではない。「今夜一杯飲みたい」というのが、グラス一杯分の液体を経口摂取したいという意味ではなく、今夜お酒で酔って気持ちよくなりたい(そして誰かと語り合いたい等)という意味になるのと同じだ。オナニーにおいて物理的な運動や刺激は鍋物でいう鍋みたいなもので、「今夜は鍋にしよう」と言っても実際には鍋の中身を食べているのであって鍋に歯を立てる奴はいない。しかし鍋がなければ鍋物は成立しない。オナニーにおいて陰茎に物理刺激を与えることは「必要だが本質ではない」ということだ。

 

しかし事は単純ではない。オナホが単純に物理的刺激を与えるためだけのアイテムであれば、話は終わりだ。だがしかし本当にそうだろうか。オナホを使ったことがない私でさえ、オナホにファンタジー性がゼロだと断言することにはためらいがある。

 

なぜなら、オナホには、その物理的特性に応じたキャラクター設定がなされている(らしい)からだ。原則として、1つのオナホ商品は1人の個性を持った女性が投影されていることが多い(穴が2つある商品は、2人の女性が投影されている)。包容力のある穴には包容力のある比較的しっかりと成熟した女性、キツめの穴にはキツい性格だったりだいぶ若い年齢設定の女の子、といった具合だ(と思う)。

 

仮に、オナホ商品が与える女性の偶像が使用者にファンタジーを与えるのであれば、オナホは物理的刺激を与えるツールであると同時にオナペットでもあるということになる。オナホを使用しないオナニーにおいては、陰茎への物理刺激とオナペットは物理的に同一ではない。典型的なオナニストなら、前者は手淫、後者はエロ動画といったところだろう。しかし、オナホがオナペットになる場合は、物理的刺激と精神的刺激が同一の源から注がれることになるため、オナニーとしてはむしろ高次元・高純度なもののようにも思えてきそうだ。また、より本物のセックスに近いとも言える(本物のセックスに近いオナニーが良いオナニーだと言いたいわけではない。この点についてはいつか別の機会に論じたい。)。

 

オナホにファンタジー性があるならば、私がオナホを使わない理由はもしかしたら薄弱なのかもしれない。刺激を与えるのが素手なのかオナホなのかの違いしかないのであれば、オナペットにこれだけバリエーションがある以上、物理刺激の与え方にバリエーションがあってもよいだろう。

 

しかし、ここでさらに別の疑問が立ちはだかる。オナホを使っている人たちは果たしてオナホを物理的刺激兼オナペットとして使っているのだろうか。これはもはやオナホを使っている人に訊くしかない。そして人によってオナホの捉え方は様々に異なるであろう。ただ言えることは、オナホ商品のレビューを見ると、その商品の物理的刺激の特性について評価しているケースが圧倒的に多く、その商品がどのような女性像を喚起するかという部分が「オナホの使用感」そのものと位置づけて語られるケースは非常に少ない。したがって、世の男性たちはオナホに対して、基本的には物理刺激を与えるツールとしての役割を求めているということが推測できる。そして、各商品に宛て描きされている女性の偶像は、オナペットとして妄想を盛り上げる役割を一定の度合で果たすとは思われるものの、むしろその商品の物理的特性、つまり「穴の具合」を魅力的かつ端的に消費者に伝達・訴求するための役割の方が大きいのではないかという推測が成り立つ。

 

本当かどうかはわからないが、漫画家の蛭子能収氏は、オナニーをするときオカズを一切使わず、エロいことも一切思い浮かべず、陰茎への物理的刺激だけで射精に至るときいたことがある。これが本当だとすれば、彼にとってはオナペットの持つファンタジー性は一切価値を持たないことになるし、もし彼がオナホを使う人だったとしたら、オナホのパッケージに描かれた女の子の絵や商品の名前などは不要ということになる。そして、私と蛭子氏のオナニー観はファンタジーの要否について180度異なるものと言えるし、いかなる物理刺激を陰茎に与えるかにこだわって日々商品開発されているオナホは彼のような人にこそ意味のあるアイテムと言えるだろう。

 

先ほど、オナホを「物理刺激源かつファンタジー源」として使うことは、この2つの源が分離している一般的なオナニーよりも高次元なものかもしれないと述べたが、私の立場から見ると、この2つが分離している「からこそ」オナニーは素晴らしいという見解になる。なぜかというと、物理的存在をファンタジー源としても使うことは、ファンタジーの広がりに限界を設けることになりうるからである。それがオナホであれ手であれ、その物理的存在から飛躍しない範囲でのファンタジーしか楽しめないとすれば、それは果たして良いオナニーだろうか。私のオナニーは完全に自由であり、シチュエーションであれ女性であれ、非常に多彩であり日々ありとあらゆるファンタジーが繰り広げられている。これは、その妄想世界が手淫の物理的特性と連動していないからこそ可能なのだ。

 

例えば、吉岡里帆のフェラを妄想してオナニーするとしよう。この時、自分の右手がまるで本当に吉岡里帆にフェラされているかのような刺激を与えてくれないと興奮できない、という体質であった場合、自分の妄想が右手の限界によって阻まれ、興ざめしてしまうことになるだろう。だが、その二者を切り離すことで、吉岡里帆にフェラされているという妄想に心の底から没入できる可能性が開けるだろう。

 

そう考えると、もはやオナホの商品開発で努力されている、陰茎にいかなる刺激を与えるかというテーマは、私のような主義を持った人間には全く重要ではないように思える。

 

ことわっておきたいが、私はオナニーにオナホを使う人を下に見たり馬鹿にしたりするつもりは一切ない。オナニー観は人それぞれだ。1つ言えることは、オナホの意義を考えることは、オナニーの意義を考える上で有用なヒントになりそうである。このテーマはいずれもう一度論じたい。