性欲落語「蜜柑」
最近やたらめったらに暑いですが、皆さん脱水症状になってやしませんか?こんな日にはよく冷えたトロピカルフルーツなんて最高です。
こないだ東南アジアに旅行に行ったんですが、あそこは、フルーツがすごい!でも日本人観光客の若い女性がフルーツにかじりつきながら「どうしよう、マンゴーの汁がスカートに付いちゃった…シミになっちゃう…」だなんてか細い声で言いやがるもんだから、俺ぁ思わずこう言ってやったんです。「おいテメェ、そんな声でそんな事言われたら俺のズボンにまでバナナのシミができちまうじゃねえか!」って。
さて、そんな素敵なフルーツですが、江戸時代はもちろん今みたいに多様な種類はない。柿だの桃だのってのはもちろんあったが、今みたいに冷蔵技術や輸送技術がないんで、旬の時だけ、産地からそう遠くない地域で食べられてたわけだ。今日はひとつ、江戸時代にも食べられていた果物、蜜柑が出てくる噺をしてみようと思います。
甚兵衛は女の裸がめっぽう好きな男で、父親譲りのド助平野郎だ。甚兵衛の親父は女の裸が三度の飯より好きだったんで、最後は飢え死にしちまったって話もあるとかないとか。そんな甚兵衛の朝はこんな感じです。
「ふぁ〜(あくび)、よく寝た。あれ?ないぞ…!!ない…ない!どこいったんだろう、女体がない!…って、いつもの事か。おらぁ独り暮らしだもんな。なんであるはずのない女体を毎朝探しちまうんだろう。まあいいや、今日も愛しのおりんちゃんに逢いに出かけようかね〜。」
テクテク…
「おりんちゃんの身体はいつ見ても最高なんだ!おりんちゃんも俺のこと好いてくれてるけど、じゃあめおとになるかっつったら、違うんだよな。俺はおりんちゃんの身体だけじゃ満足できねえもの。でもおりんちゃんは特別よ。だって、おりんちゃんだけは俺に生まれたまんまの姿をいつだって見せてくれるからな〜。おなごは丸裸が一番だぜ!」
「よう、甚兵衛。どうした、なんか独り言にしちゃだいぶ気まずい事を口ばしりながら歩いてたみたいだけど。」
「おお、ご隠居さん!聞いてたんで?こりゃあいけねえ。おなごじゃなくて俺の心の方が丸裸にされちまってたぜ!」
「何言ってんだい、自分からペチャクチャ喋ってたくせに。お前さん、おなごは丸裸が一番って本気で思ってんのかい?」
「えっ、ご隠居さんはそう思わないんですかい?」
「当たり前だよ。おなごは全部脱がしちまえばただのすべすべのお肉だよ。着物のどこがどうはだけるか、どこが見えてどこが見えないかってとこに醍醐味があるんだから。」
「そうですかい。俺は着物なんざ、ただの邪魔者としか思ったことはねえんですが。」
「嫌だねぇ、お前さんは粋とか風情とか趣きって言葉を知らないのかい?着物の襟が艶やかなうなじから背中をするっと滑り落ちる瞬間とか、裾からちらちら見え隠れする足首に心を動かされたりしてこそ大人の男ってもんだよ。」
「うなじから滑り落ちる…?うーん、あんまりそんなところは見たことがねえや。でも着物がはらりと落ちる瞬間ってさ…」
「そうそう、そういう瞬間よ!」
「着物が床に落ちるより、俺の唇が女の乳首に着地する方が早いんだよなぁ!」
「何だいそりゃあ!もうお前さんもいい歳なんだから、そんな不粋なこと言ってないで、女の得も言われぬ色気を愉しめるようになったらいいと思うよ。じゃあな。」
「あぁ、行っちまった…ご隠居さん呆れてたな…。でも俺にはわからねえよ。はだけ方の風情とか言われたって、結局はだけるのが良いってことは脱いで欲しいんじゃねえか。粋とかカッコつけたって、みんな裸が大好きなんだろ?まどろっこしい話はよして素直になりゃいいのに…おっと、もうおりんちゃんのとこに着いてた!」
トントン
「あら甚兵衛さん!今日はずいぶん早いのね!来てくれて嬉しい〜」
「おりんちゃん、あがっていいかい?」
「どうぞ。そうそう、昨日紀州のお客さんから蜜柑を頂いたのよ。一緒に食べましょう。」
「ほう、蜜柑かい。そいつはいいや。じゃあ遠慮なく…」
「見て、よく熟してるでしょ?」
ジロジロ
「あ、ああ…とっても熟してる…みずみずしくって…甘くて美味しそう…」
「ちょっと甚兵衛さん!何してんの!今は蜜柑の話でしょ?!」
「おお、すまねえ。目の前に、食べ頃の熟れた水菓子があったもんだから…」
「訳のわからないことを言わないで。はい、おひとつどうぞ。」
「うん…」
「どうしたの、まじまじと蜜柑を見つめて…食べないの?」
「いや、今蜜柑を見て思ったんだけどさ、やっぱり俺は間違ってねえよなって。」
「なにが?」
「だってよ、蜜柑は皮を全部剥いちまわねえと食えねえだろ?端っこの方をちょびっと剥いて中の房がちらりと見え隠れしたところで、粋だ風情だと喜ぶヤツぁいねえよな…」
「なんの話??」
「いや、何でもねえよ。こっちの話。さあ食うか!」
「ふふ、変な甚兵衛さん…」
トントン
「あら、誰かしら」スタスタ…
「なんだ、俺のほかにもこんな朝からおりんちゃんに用がある奴がいるんだな。まあいいや。蜜柑もキレイに剥けたし。蜜柑だって真っ裸にしてあげたほうが喜んでるぜ。まるでおりんちゃんのカラダみてえに、ぷりっぷりだし、いい匂いがしやがる…あー早くおりんちゃんを全部脱がしてえよ!おりんちゃん!いったい誰と話してんだい!早く皮を剥かせとくれよ!」
「皮を剥く、だと…?」
「ひえっ、お侍さん!?こいつは失礼いたしやした。俺ぁ奥で待ってますんで、ごゆっくり…」
「待て。お前は何者だ。おりん、説明せい。」
「こっ、この人は蜜柑を届けてくれた紀州からのお客さんなのっ…」
「そ、そうなんです、へへ…(おりんちゃん、こいつぁ誰だい?)」
「(甚兵衛さん、隙をみてお勝手から走って逃げて…)」
「(えええ〜〜?)」
「おりん、見え透いた嘘をつくな。この男、紀州訛りはまったくないし、だいたい先ほどおぬしを脱がせたいなどと口走っていたぞ」
「どひゃ〜〜また心が裸になっちまってたか〜〜」
「儂という男がいながらコソコソとこんなたわけ男と会っていたとはな…」
「おりんちゃん、一体これはどういう…」
「儂の女に手を出してタダで済むとは思うまいな…」カチャッ(刀の柄に手をかけた音)
「えっ、まさか、斬るつもりっ?!」
「お侍さん!後生です、命だけは堪忍しとくんなせえ!!」
「やめてください!」
「お前は下がっておれ!刃が当たるぞ!」
「た、助けてくだせえ…」
「ならぬ。何か言い残すことはあるか?」
「うう…ご隠居さん…俺は間違ってた…裸にしない方が良いもんがあるって事がやっとわかった…だって俺は、いつだってなんだって全て剥き出しにしようとしてきたけど…今はどうだ…お侍さんの刀が頼むから鞘から剥き出しにならねえでくれって、鞘を脱いで丸裸にならねえでくれって事しか考えられねえよ!!」
……。
おめこがよろしいようで…